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第一話 単身でミャンマーに駐在し、必死に働いてきたのに嫁は日本で浮気をしていた

ミャンマー

今でこそグローバル化によって、単身で海外赴任や起業する人も増えました。しかし、1980年代後半は日本の景気が絶好調だったので、海外駐在や海外で起業する人は多くありませんでした。
 
タイやインドネシア、ベトナムなども今ほど注目されておらず、まだまだ発展途上国の真っただ中にありました。そんな中、メーカーや商社からタイをはじめとする途上国に派遣されてきた駐在員たちは、出世コースから外れていると揶揄されました。
 
出生コースに乗るには北米や欧州への駐在を経て、上り詰めるのパターンが多かったため、東南アジアへの駐在となるとやる気をなくす人もいたそうです。
 
そんな中、宮下氏(当時30代半ば)は当時のビルマ(ミャンマー)へ駐在を命じられました。彼の心の中では出世コースから外れた認識があり、ビルマでは適当にやればいいぐらいに思っていました。
 
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ビルマの民主化と共に巨大市場が開かれる

 
当時のビルマは1988年の暴動以来、軍事政権と民主化勢力が対立していて、時代の端境期にありました。そんなときの駐在でしたので、時代の変わり目を体験できるチャンスでもありました。
 
民主化すれば一気にいろんなことが変化しますので、『今は日の目を見なくても、必ずチャンスが来てビッグビジネスになる』と思い、宮下氏は必死に働きました。必死に働くのは自分のためでもありましたが、何よりも愛していた家族のためです。
 
ビルマは長期間にわたる鎖国と欧米からの経済制裁のために、隣国から随分取り残された国です。インフラの殆どがぜい弱で、使い物にならないモノが沢山あります。しかし、人的資源、地下資源は豊富に抱える国です。
 
民主化が実現すれば日本をはじめ、世界中から企業がやってくるに違いないと考えていました。彼は駐在しながらビルマに進出してくる企業のために、あらゆる情報を集め、軍事政権や役人たちにも人脈を広げました。
 
ミャンマー
 
しかし、ご承知の通りビルマの民主化が成されたのはごく最近です。民主化は叫ばれるばかりで、ビルマの経済は上向きにならないため、駐在事務所はついに閉鎖に追い込まれました。
 
必死にビルマで働きましたが実らず、日本に帰国する子になった時に大きな問題が起こりました。ビルマで必死に働き、長く日本へ帰国していなかったので、彼の奥さんが浮気をしていたのです。
 
彼は怒りに怒っていましたが、奥さんを愛していました。ですから、浮気を水に流してやり直そうと奥さんを説得しました。
 
奥さんは首を縦に振らず、結局離婚してしまいました。家族のために必死にビルマで働いてきたのに、嫁の浮気と言う結果に、彼は極度な喪失感にさいなまれてしまいました。
 
俺はいったい何のために…。
 
続く

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