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第十四話 タイでも日本でも人は一人では生きていけない現実がある

友達・人は一人では生きていけない

タイで仕事をしたり老後を暮らす人の中に、極まれですが孤独死をする人がいます。昔の外こもりのように、日本人はもちろん、タイ人やタイとも接触をしない人たちです。

タイでは極まれなことですが、日本では日常茶飯事なので報道されることさえなくなっています。交通事故と同じレベルなので報道してもきりがないのです。

ある大きな団地で発見された男性は孤独死していました。孤独死するのは止むを得ないにしても、亡くなってから半年以上経過していたようです。

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人との繋がりを軽視すれば孤独による絶望感と無力感に襲われる

亡くなってから半年間も発見されなかった理由として、住んでいた団地に空き家が多く、彼氏自身も近所と付き合いが一切ありませんでした。

あんしんセンターの職員も全ての独居老人を訪問できるほど、予算も人手も足りません。この方はあんしんセンターの職員が訪問した際、面会を頑なに拒絶したり、居留守が多かったのです。

「行政の世話にはならん」というタイプでした。しかし生活は生活保護でしたので、言っていることは矛盾しています。

空き部屋多い棟でしたので、彼の隣や上下に住んでいる人がいませんでした。さらに秋ごろに亡くなっていますので、死臭が夏のように充満することなく時が過ぎたようです。

こういった話がゴロゴロと日本には転がっています。ブログで紹介しながらため息が出てしまいます。なんでこうなってしまうのか…。

ゴミ屋敷、徘徊、介護疲れによる虐待、孤独死…、上げればきりがありません。こういった環境で最後を迎える日本の高齢者たちの現状を考えると、人生の最後ってなんだろうと思います。

孤独・独居

多くの高齢者はタイのような温かい国で暮らすことが、どれだけ快適なのかを知りません。タイが素晴らしすぎる国な訳では決してありません。

ただ日本で独居、汚部屋、孤独な状態で過ごすよりは、遥かに環境が良い状態で過ごせます。毎年高齢者は増えていきますので、さらに悲しい最後を迎える人が増えます。

戦中や戦後に生まれて、激動の日本を過ごしてきた高齢者たちです。今の日本を作ってきてくれた人たちです。そんな人生を否定されたくはないと思います。

社会との繋がりを失ってしまい、人とのコミュニケーションが全く亡くなってしまう日本の高齢者たちです。行政の支援に頼るということは、他人の手を借りることになります。

激動の日本を生きてきた高齢者の多くは、他人に迷惑をかけたり、手伝ってもらうことを避ける人が多くいます。他人に助けてもらわなければ生きていけない、自分の力では生きていけない弱さを認めることになります。

そんな弱ってしまった人生の最後を迎えるとは予測していなかったでしょう。ですから自分の弱さを認めず、意地をはりつづけて孤独に陥ります。

意地を張り続ければ周りから人は離れていきます。離れていけば行くほど孤独を感じてしまうのに、更に心を閉ざしてしまい、体力まで落ちます。

地域包括支援センターを国は立ち上げ、高齢者のケアをしています。しかし人でもお金も足りていません。高齢者が予想以上に増えすぎてしまい、どうにもなりません。

高齢者自身も地域包括支援センターを利用していなかったり、高齢者同士の付き合いがないので情報として知らないのです。孤独に陥るということは情報を遮断します。

タイで生活する日本人の多くは、多少のいざこざはあるにしても、日本人同士で情報共有しています。情報さえある程度共有すれば、完全な孤独には陥りません。

タイに住むにしても、日本に住むにしても、人は一人では生きていけない現実を知るべきです。他人に甘えることは恥ずかしいことではないのです。今一度、他人との関わりを見直す時期でしょう。

続く

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