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第二話 リタイアメントビザを取得できない困窮邦人たち

高度経済成長期の日本

タイと日本のいいとこどりの生活は個人的にもお勧めします。観光ビザを利用すれば数か月の滞在も可能ですし、タイに飽きたり日本が恋しくなれば、帰国して日本の素晴らしさを再び実感できます。

こういった裕福な方達のほかに、金銭的な理由や、無罪証明などが取れないなどで、リタイアメントビザを取得できない日本人も結構います。

一番多いのはリタイアメントビザの80万バーツを準備できないため、事実上は一年を通じてタイで暮らしていますが、観光ビザやビザなしでタイに長期滞在している高齢日本人達です。

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儲けたときにお金をどのように生かせるかが、後から効いてくる

コンドミニアムや一戸建てを買ったり、借りたりして優雅なロングステイを送っている日本人がいる中、物価の高い日本で暮らしていくことが出来ず、日本から逃げるようにタイにやってきた膨大な数の経済難民はどこへも行けません。

ある高齢の日本人男性の話を紹介しましょう。彼はOさんで年齢は60代の中盤です。彼は高度経済成長の真っただ中の時代に早稲田大学を卒業しました。

本来であれば一流企業に就職し、安定的な生活を送るはずでした。しかし彼は就職せずに、友達の誘いで宝石ビジネスの世界に足を踏み入れました。宝石会社の依頼で、宝石を買い付けるのが主な仕事でした。

ミャンマーのルビーやスリランカ、カンボジアのサファイヤ、香港のマーケット等、アジアを股にかけて商売をしていました。ダイヤモンドの買い付けにはベルギーやイスラエルにも行ったことがあります。

彼が初めてタイに来たのは、タイがまだまだ発展途上の頃の1970年代でした。この頃、日本経済は強烈に発展したため、宝石ビジネスは面白いように儲かりました。

高度経済成長期の日本

景気のいい時は1,000万円で購入した宝石が、一瞬で裁けたこともあるぐらいです。中南米で商売をしていた頃は、円が変動相場制に移行したばかりで、為替の差益で往復の航空運賃が捻出できました。

しかし、日本のバブル崩壊とその後の世界的な宝石の暴落によって、宝石ビジネスの利益はドンドン減っていきました。宝石業界自体が縮小し、さらに若い世代の台頭などにより、彼は提携していた会社から見切りをつけられます。

その後も、自分で何とか宝石ビジネスで利益を出すために奮闘しました。しかし、利益が薄かったため、少しでも仕入れに失敗するとせっかくの利益がすぐに吹き飛んでしまいます。

彼は宝石ビジネスを辞め、新たな仕事を探すことにしました。しかし、就職氷河期の真っ最中での仕事探しは地獄です。しかも、年齢は50歳を超えてますから、さらに仕事探しは難航します。

ようやく見つけた仕事は営業の仕事でした。売る製品は高温でダイオキシンを出さない焼却炉でした。一台の値段が億を超えるような高額商品です。

一台売れればかなりの収入にはなりますが、大手企業が類似の商品を販売していたことも有り、商品が全く売れない時期が続きました。

続く

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