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第三話 光が当たると思った人生は偽装結婚によって潰されてしまった

フィリピン

前回からの続きです。三木氏は初めてフィリピンに訪れました。そもそも海外旅行自体をも初めてでした。飛行機を降りた途端に感じる暑さは、日本とは異なるもので、何とも言えない南国独特のにおいや、人の目にワクワクしていました。
 
まずは日本から彼に同行していた日本人男性の知人宅で、数泊することになりました。日本から同行した日本人男性は三木氏に「あとは、この人(男の知人)が全部やってくれるから」と言って別れました。
 
宿泊先の日本人男性からは、「フィリピーナが旦那を探しています。上手く事が運んで結婚が成立すれば、15万円渡しますよ」と説明されました。
 
このとき三木氏は少なからずおかしいと思っていました。なんで結婚して自分が金を貰うのかと。でも、フィリピーナには興味がありましたので、男が言うとおりに事を運ぼうと思っていました。
 
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弱者は勝手に犯罪に利用され、人生を狂わしてしまう

 
不信感を持ちながらも、男性と一緒にフィリピーナに会いに行きました。連れて行かれたのは、マニラから車で数時間移動した市の一軒の小さな家でした。男は三木氏にフィリピーナ(ジェシカ)を紹介し、フィリピーナとフィリピーナの両親には、三木氏を紹介しました。
 
「市役所に行って書類を貰い、婚姻届けに署名して提出しましょう。結婚できたらまた来ます。」と言って、男は三木氏を置いていきました。英語もタガログ語もできない三木氏は、わけのわからない状態でフィリピン郊外に置き去りにされてしまいました。
 
それでも可愛いフィリピーナと結婚できるのだろうと思い、相手のフィリピーナに迫ってみましたが、かたくなに拒否され、別々の部屋に寝るように強制されました。「話が違うじゃねーか」とは、まさにこのことを言うのでしょう。
 
フィリピン・カビテ
 
言葉が理解できませんから、会話も全く弾みません。唯一の接点と言えば、食事を彼女の家族と取り、散歩したり、買い物するぐらいのことでした。住み始めて数か月後に教会で式を挙げましたが、フィリピン人家族から別の市に行ってくれと突然言われました。
 
その市は現在の場所から5時間ほど車で移動したところでした。日系企業や外資器系企業が沢山ある特区で、日本人も比較的多く住んでいます。その場所に三木氏は言われるがまま着いていきました。
 
彼女の両親はとんぼ返りし、彼女と三木氏の二人の生活が始まりました。三木氏は今度こそと思い、彼女に迫りましたが、かたくなに拒否されてしまました。結婚式も挙げたのに、なんでこれほど拒否されるのか不思議でした。
 
寝室は別になり彼女とは大した会話もないまま時は過ぎていきました。そして、1か月ほど経過した後、彼女は激怒しながら荷物をまとめ始めました。そして三木氏に「日本に行けないじゃないか!!」と捨て台詞を吐き出ていきました。
 
大使館に日本へ渡航するためのビザを申請しましたが、発給許可が下りなかったため偽装結婚が出来ませんでした。それで彼女は激怒し出て行ったのです。三木氏はこのときようやく偽装結婚に気づきました。
 
偽装結婚
 
日本から持ち込んだお金は6万円ほどで、すぐに底をついてしまいました。結婚後すぐに日本に帰る予定でしたので、大した金額を持ってきていませんでした。また、航空券は帰国便を変更できないチケットでしたが、数千ペソを上乗せすれば、オープンチケットに変更できると聞いていました。
 
しかし、実際は変更できないため飛行機には乗れず、フィリピンに取り残されてしまったのです。パスポートは偽装結婚相手のフィリピーナに渡したままで、ビザの延長もしていません。オーバーステイになっていました。
 
お金が底をつくと同時に、住んでいたところから何度も追い出されそうになりました。そこで、近所で日本人男性が経営する自動車部品の販売店で掃除や、手伝いをさせてもらうことになりました。
 
経営者の日本人は1年に数回しかフィリピンに来ませんが、経営者の奥さんが三木氏の食事などを世話してくれています。彼の所持金は殆どなく、もっていても200円ぐらいです。こんな生活は2年以上も続けています。
 
続く
 

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