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第一話 タイでビジネスを展開するのは並大抵ではない

コンビニエンスストア・タイ

タイや東南アジアで活躍している日本人の多くは30代、40代です。彼らは現地に溶け込みながら、必死にビジネスを展開し上手くやっています。

しかし、ビジネスの世界で日本人の高齢者たちが成功している例をあまり知りません。言葉の問題、文化の壁など沢山の障壁があるため、外国人が仕事をするのは容易ではありません。

仮に上手くいき始めても、いろんな所にトラップが仕掛けられています。若い日本人であれば、少々の失敗でも這い上がってくるパワーと粘りがありますが、年を重ねるとそうはいきません。

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恒例になってから外国でのビジネスは厳しすぎる

年齢を重ねている人であればわかりますが、外国でビジネスを始めることは、強烈に疲れます。頭の柔軟性、ハングリー精神、機敏な動きなどが不足していますので、若い人のような結果が出せません。

「勝ちには不思議の価値があり、負けには不思議の負けは無い」

野村克也氏がよく口にしていた言葉です。勝ときには運河作用することが多々ありますが、負ける時は必ず敗因があると言う意味です。多くの落とし穴が待ち受けているタイのビジネスを見ていると、この言葉を思い出します。

日本でフランチャイズビジネスを成功して、バンコクで日本食レストランを開こうとして、敗北をしてしまったIさんはこんな風に言います。「ここは日本人が思っているような資本主義の世界ではありません」

Iさんは1940年生まれで、今ではまさに高齢者です。岩手県出身のIさんは1970年代に、コンビニエンスストアで成功した男です。

彼が経営していたコンビニエンスストアは岩手県の南部に位置しました。1970年代と言えば、セブンイレブンやローソンが出来る前の時代です。その時代に、コンビニを作って相当な利益を上げました。

コンビニエンスストア

「コンビニでは大いに稼ぎました。今ではタイで優雅に暮らしていますが、大分ビジネスで吐き出してしまいました」と話します。

東京の大学を卒業した後に、岩手県の小さな大学の経済学部に教員として働き始めました。大学進学率が右肩上がりになると、大学教員は大学院卒が当たり前になりました。

彼は引け目を感じたため、教員ではなく事務職を自ら志願しました。その間に、いろんな経済学者と交流を持ち、これからはグローバルな時代だと知らされたのです。

経済学者の一人から、当時アメリカで強烈に収益を上げているのが、コンビニエンスストアだと言うことを聞きました。彼は興味を持ち、独自にコンビニエンスストアが何なのかを必死に勉強します。

そして、ついに開業にこぎつけたのです。今ではコンビニが当たり前のように存在しますが、1970年代でのコンビニ開業は強烈なインパクトだったはずです。

営業時間は朝7時から夜11時までに設定しました。まさにセブンイレブンですね。Iさんが住む地方や夜の7時には店が閉まりますので、コンビニの需要は抜群でした。

続く

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