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第Ⅳ話 タイのリタイアメントビザが取得できない日本人

戦後の日本

Fさんのように女性に対して積極的な人は、中高年以降に多いです。空気が読めない中高年が多いのも玉に瑕ですが、若い男性は少し中高年の図々しさと押しを見習った方がいいかも知れません。

Fさんはナンパに失敗した日はマッサージに行きます。チェンマイのマッサージは激安かつ、マッサージ師は若い女性から30代が沢山います。Fさんのストライクゾーンにぴったりはまります。

マッサージに行っては、タイのマッサージ師を口説き落していますので、達者な爺さんです。こういったことをいろんな場所で、相手の顔色を伺いながらやっています。

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リタイアメントビザのデポジット80万バーツが払えない高齢者たち

陰湿なストーカーじみたようなことは絶対にしません。数回アタックしてダメなら、すぐに別のタイ人女性をナンパします。こんな話を愉快そうに、極めて落ちついた感じで話しますので聞いていても飽きません。

Fさんはある意味エンターテイナーの面も持ち合わせているかも知れません。Fさんはタイの退職者ビザを持っていません。退職者ビザなしで長期滞在をする年金生活者には、タイに80万バーツの預金を納めなければなりません。

この80万バーツを納めることが出来ない人が、バンコクやチェンマイに沢山います。Fさんは資金を積むのが難しいのと、もう一つ理由がありました。ビザ取得には無犯罪証明書が必要なのです。

この無犯罪証明書をFさんは準備できないのです。10代の頃に福岡県の筑豊炭鉱で働いていました。10代と言っても15歳から、いきなり坑内に放り込まれて、12時間ぶっ続けで働かされました。

Fさんが任されたのは「竿取」と言う仕事で、坑内で採取された石炭を載せたトロッコを操車する仕事です。炭鉱の深さは1700メートルにも達します。

戦後の日本

地下深くに毎日、弁当と薬を持って降りていくのです。半日を坑内で過ごし、地上で出てくる際は体中が真っ黒になっていました。作業服は一日でダメになるので、新しいモノが毎日支給されました。

終戦からわずか数年の貧しい時代でした。しかし、炭鉱には別の世界がありました。「とにかく好きなだけで飯を食えたのがうれしかった。飲み食いする場所から映画館まで、全部炭鉱会社が経営していたので、どこでもツケで遊べたんだよ」

こんな時代ですから、炭鉱の先輩に連れられて怪しげな店へと連れていかれました。まだ10代の少年にはあまりにも刺激的な店でしたが、そこでFさんは初めて女性と関係を持ちました。

その時の女性の匂いは甘く、とてもいい匂いでした。60年経過した今でも、その時の匂いが忘れられないとFさんは話します。

続く

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