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第七話 タイでボランティアと称して金を集める輩もいる

NGOタイでの活動

北タイの中心のチェンマイから車で1時間ほど走ったところに、エイズ孤児の援助団体があります。このNGOを立ち上げた方はYさんという高齢者です。多くのNGOは外部団体の寄付などで運営しています。

しかし、Yさんは個人の蓄えや年金で運営しています。通信関連の会社を運営していたYさんは、1970年代中盤にバングラデシュやインドを訪れた際に衝撃を受けました。

日本なら確実に治るであろう病気であってもお金が無くて亡くなったり、貧しさから小さな子供の頃から強制労働を強いられている子供が沢山いることに愕然としました。

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ボランティアと言えど警戒されてしまう現実

Yさんは自分のポケットマネーやロータリークラブ、YMCAといった団体から寄付を募って、恵まれない子供たちのために援助をしていました。しかし、援助が活動を続けていると、こういった国々に援助をしても、中抜きされてしまい、本当に貧しい人達に援助が届いていないことがわかりました。

資金援助をしていても、一部の人間に回ってしまうので、自分がタイに渡って血の通った援助をしようと決意しました。Yさんが58歳の時でした。

仕事を辞めて、タイに渡ることについて奥さんには当然反対されました。リタイア後、奥さんは夫婦で穏やかに暮らしたいと思っていたからです。Yさんがタイに行くことを巡って、何度も家族会議が開かれました。

そのと既に成人していた2人の子供たちはYさんの志を応援しました。一旦言い出したら曲げないYさんの性格ですので、奥さんも最終的には渋々ながらも認めました。

しかし、奥さんはこれまで日本で築いてきた人間関係や生活環境を失いたくないので日本に居ることをにしました。Yさんは単身でタイに渡りました。2002年、現役の時からキリスト教団体とともに継続してきたバンコクの孤児の施設が落成しました。

NGOタイでの活動

この建物をタイ政府に寄贈すると、ついに自らの手によるNGO作りが始まりました。Yさんは最も問題になっている孤児のための施設を自分で作りボランティアをしたいと考えていました。

場所をチェンマイ近郊に選んだのは、北タイが貧困や病気に苦しむ子供たちがダントツに多かったからです。30年以上に渡って国際援助活動を続けてきたYさんですが、個人でゼロからNGOを作る作業は困難でした。

幾ら善意の手を差し伸べようとしても、どこのだれかわからない日本人に他の役人が首を縦に振ることはありません。Yさんは地元の人と地道に人間関係を作っていきました。

そして、病院の医師をはじめとした人間関係の輪が広がるに従って、Yさんの熱意も理解されるようになっていったそうです。

個人の資金を使ってボランティアをしようとしても、後ろには別の目的を持ってボランティア活動をしている人間がいます。ボランティアと称して、資金の中抜きはもちろん、子供たちを強制労働させたりする人間もいますので、タイの役人たちが警戒するのはやむを得なかったのです。

それでもめげずに現地の人脈を作り、地道な活動を続けましたので今では北タイを代表するボランティア団体になりました。ロングステイしてのんびり過ごすのもいいですが、敢えて厳しい道を選択して成し遂げるのも有りだと思います。

 

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