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第三話 命からがらにバンコクから引き揚げた駐在員たち

1980年代のバンコク

当時、タイに進出していた日本企業はごく僅かでした。当時のバンコク駐在員には危険手当と言う名目で、給与とは別に特別なお金が支給されていました。

まだまだタイは発展途上国で、野蛮な人間が多く治安は悪かったため、危険手当を支給しないと、皆行きたがりませんでした。こういったことがあり、当時の駐在員は会社から手厚い保護を受けていました。

今でも企業の駐在員は、いろんな意味でロングステイヤーよりもワンランク上の生活を保障されています。しかし、Fさんがタイに赴任した時代は、今とは比較にならないぐらいの手厚い保護がありました。

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タイの商習慣を知らずしてビジネスは出来ない

 セキュリティー万全のコンドミニアムや高級住宅に暮し、メイドも複数雇い、外出は公私を問わず全て会社の車で送り迎えがありました。公共交通機関は危険だと言う認識だったからです。

高級レストランやクラブで飲み食いするのも事実上自由で、接待費と言う名目で身銭を切ることはありませんでした。トラブルが起こっても全て会社が解決してくれました。

さらに日本の一流企業の現地代表とあらば、タイ政府主催の公式の席に招待されることもしばしばありました。

当時の良い思い出が無ければ、決してタイでロングステイしようとは思わなかったとFさんはしみじみと話します。

当時のタイは今のタイとは全く異なり、貧しさが満開で今のバンコクのような近代化とは程遠い国でした。そのため、仕事をするにはものの考え方や仕事のスタンスも含め、日本とは大きな隔たりがありました。

1980年代のバンコク

一方で、日本企業もアジアでビジネスを行うのに、十分なノウハウが確立されていませんでした。商習慣の違いによって、取引先とのトラブルが発生したり、タイ人従業員との仕事の仕方を巡る問題も頻繁に発生しました。

こうしたトラブルが、時に殺人事件にまで発展するケースがありました。

タイ人は一見温厚に見えますが、とてもプライドが高く、人前で侮辱されることをとても嫌います。東南アジアの方々に共通する点です。しかし、当時の日本人はタイのそういった文化や気質を知りませんでした。

そのため、ミスをしたタイ人従業員を怒鳴りつけたり、口で言ってもわからない人間には鉄拳制裁も行いました。しかし、タイ人にはこういったことは許せない侮辱でした。

そのために恨みを買ってしまい、殺されたり強迫を受けて命からがらに日本に逃げ帰った駐在員の話は五万とありました。当時のタイは、わずかなお金で殺人を請け負うプロが沢山いたのです。

続く

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