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第二話 日本はタイから大バッシングをされた時期があった

日本のバブル期

雑誌やテレビなどでは、タイで暮らせば貯金を取り崩さず、1か月に20万円の年金だけで十分生活できると描かれています。中には10万円の年金でも、日本よりも遥かに優雅な生活が出来ると発信しています。

確かに1か月10万円以下の暮らしはタイでは可能です。しかし、そのためには沢山の事を我慢しなければいけません。現実にはロングステイの本やホームページなどにでてくるような生活は10万円では不可能です。

最近は円安かつタイの物価は上がり続けていますので、1か月20万円の生活費は必ず必要だと思って間違いありません。ちなみにFさんが暮らすサービスアパートメントは、諸経費を含んで家賃だけで20万円です。

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日本の躍進ぶりに世界中が驚き、警戒した

 Fさんは多くのロングステイヤーが越えられない3年を超えています。タイで暮らしていけるのはお金があり、理想通りの生活が維持できているからだけではありません。

3年限界説を超え、充実したロングステイを送れているのはボランティア活動にあります。駐在員時代を含めて、長年のタイ暮らしで培ってきた知識を、新たにやってくるロングステイヤーに無償で提供しています。

Fさんが駐在員時代にタイに暮らしたのは、日本がバブル真っ盛りの1980年代でした。飛ぶ鳥を落とす勢いの日本を横目で見ながら、バンコクで暮らしたFさんは天国と地獄を経験しました。

日本が敗戦から立ち上がり、奇跡の経済復興を遂げたのは東京オリンピックに象徴される1960年代の事です。わき目も振らずに一心不乱に働く日本人の姿は、次々と市場を奪われていく欧米人から妬みと蔑みをたっぷりとこめて、エコノミックアニマルと揶揄されました。

やがて東南アジアにも日本製品が溢れるようになり、タイやインドネシアでは日本製品が売れすぎてボイコット運動が起こるほどでした。

日本のバブル期

1974年、当時の首相である田中角栄氏がタイを訪問した際、日本の経済的な侵略に抗議する5,000人の学生に取り囲まれました。非常に危険な状態で、警察の助けで何とか脱出する事件が起こりました。

この事件は日本の産業界に大きなショックを与えました。以後日本はアジアとの関係改善に気づき、アセアン諸国と対話を行うことに重点を置きました。

1980年代になると、それまでとても閉鎖的だったアジア市場にも大きな変化が訪れます。1982年に経済力をつけてきたタイが外国企業の出資規制を緩和、これを機に日本企業は大挙してタイに進出しました。

Fさんが日本の企業のトップとしてバンコクに赴任したのは、丁度激動の時期だったのです。

続く

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