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第三話 リストラを機にミャンマーで心機一転するつもりが…

ミャンマーの民主化

生真面目な面がある彼は大学卒業後、大手電機メーカーで50歳のリストラに遭うまで勤めました。勤務歴は27年間です。終身雇用制が崩壊しましたので、企業の業績が下がれば、一気にリストラの波が押し寄せました。
 
彼はリストラを機に、以前からの夢であったアジアでのビジネスを始める決意を島ました。彼が勤務していた頃、仕事でアジアに出張する機会が良くありました。その時に、アジアは伸びると感じていました。
 
彼が選んだ国は日本人はもちろん、他の国の 人間も目を付けていなかったビルマ(ミャンマー)でした。1995年に彼は自らミャンマーを訪れました。ミャンマーは1988年の暴動以来、民主化勢力と軍事政権が対立していました。
 
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資金不足と時代の読みの浅さから会社を閉鎖

 
彼がミャンマーを訪れたとき、軍事政権と民主化勢力が少しずつ融和を始めていました。民主化運動の急先鋒であるアウンサンスーチーさんが、自宅の前で演説していた頃です。
 
アウンサンスーチーさんの演説を民衆は食い入るように聞き、大きな波を起こそうとしていました。彼はこの様子を見て、ミャンマーの民主化が近いと予測しました。
 
ミャンマーは欧米から経済制裁を受けていて、インフラの整備などがとても遅れていました。しかし、ミャンマー人の勤勉さ、地下資源は豊富でした。民主化されれば、一気に国が解放され、外国資本がなだれ込むことになります。
 
ミャンマーの民主化
 
いろんな日本企業が一気にやってくることになるでしょう。その時に、ミャンマーに進出する企業に情報提供したり、政界とのパイプ役になることでビジネスになると考えたのです。
 
彼は退職金をつぎ込み、コンサルティング会社を設立しました。しかし、ミャンマーの民主化はなかなか進みませんでした。軍事政権と民主化勢力は融和するどころか、ますます対立したのです。
 
彼の会社には大手企業からの依頼があったものの、とても手間のかかる仕事ばかりを依頼され、実際に進出する際は企業自らが事務所を作り駐在しました。そして、自前で情報収集していったのです。
 
そのため、彼の会社には小さな発注ばかりで、利益が出ない状態が続きました。退職金で始めた会社の資金は脆弱な中、従業員にお金を持ち逃げされてしまい、結局会社を閉鎖することになりました。
 
続く
 

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