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第六話 1日100円の給与を貰ってタイで生活しても虚しさに苦しむだけだ

タイに逃亡する

日本人のホームレスである彼が、貧しい夫婦に世話になって飯を食わして貰っていました。夫婦は毎日、お金がない、お金が無いと言います。そんな苦しい生活の夫婦に飯を食わして貰うのは、さすがに気が引けます。
 
1日に2回は食事をさせて貰っていましたが、粗末なものですし、おかわりなんかできるはずもありません。かといって借金があるので日本にも帰れません。ビザを延長する金もないので、不法滞在になっています。
 
しばらくすると彼は夫婦の自宅を出て、別の場所に移動しました。年齢が30代中盤でしたので、移動に抵抗がなく、知り合いを通じて転々としていました。
 
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貧乏なまま逃げ続けると心が病んでいく

 
彼はタイ人の知り合いを通じてある4階建ての建物の屋上に世話になっていました。屋上から下に見える道路は自動車やバイクがひっきりなしにとおり、排気ガスが充満していました。
 
窓ガラスを全開にしたバスはクラクションをここぞとばかりに鳴らしながら、縦横無尽に走っていました。そんな場所に彼は自分の身をコッソリと置いていました。
 
屋上は腰の高さほどのブロック塀で囲まれていて、屋根が木材やビニールを適当に張り合わせてつくられたものです。ビルの1階は地元住民が通う簡易食堂でした。
 
彼はここに住む女性とその一家8人に、寝場所と食事の面倒を見て貰っていました。先進国から来た30代中盤の男がタイ人に食わして貰っているのです。
 
彼の朝は5時半から始まります。たまに寝坊してしまうと、「何やってんだ、さっさと起きろ!」と怒られます。彼は世話になっている手前、平身低頭にするしかありません。
 
タイに逃亡する
 
食堂の台所で玉ねぎや野菜を刻み、テーブルを拭き、食堂の周りを綺麗に掃除します。いわゆる開店準備です。開店すると洗い物をしたり、調理場で料理を手伝ったりを繰り返します。
 
ただ、食堂ですので飯は腹いっぱい食べさせて貰えます。お客さんがいない時はテレビを見ながらボーっとしたり、たばこを吸ったり比較的自由にできます。
 
店主であるお母さんは嫌いな客が来ると、「もう今日はご飯ない」とか平気で言ってしまう人なので、彼にも理不尽なことを言ってきます。ですから極力スルースキルを磨き、空気の様な存在に徹しているそうです。
 
30代中盤と言えば、企業に勤務していれば中間管理職に差し掛かり、そこそこの仕事も任せて貰えるようになります。仕事の結果によって臨時賞与なども有り、これから更に仕事が充実するときです。
 
その大事な時に食堂で皿洗いと掃除をして、ビルの屋上に寝泊まりすることを続けていると、自然に「俺は何のために生きているんだろう」と感じるようになります。
 
しかも、給与と言っても1日100円、200円ですので、子供のこずかいの額です。頑張っても頑張らなくても給与は変わらず、仕事も変わりません。
 
ただただ生かされているだけと言う人生を、彼はタイで選択してしまったのです。何の夢も目標もなく、見知らぬ外国で日銭だけで食べる生活の虚しさは、言葉では言い表せません。
 
続く

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