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第五話 バンコクに逃亡出来たがホームレスになってしまった

タイでホームレスな日本人

辺りがまだ暗い時間に神戸を出て、関西空港へ向かいました。彼はバスで関西空港へ向かいましたが、不安を払しょくできずにいました。もしかしたら、空港でヤクザが張ってるかもしれないと思っていたのです。
 
また、警察が自分のことを手配していて、空港で逮捕されるかもしれないとも思っていました。というのも知人からも借金をしていましたが、知人が警察に捜索願を出していたため、空港で抑えられるかもしれないと言う恐怖があったのです。
 
不安いっぱいの中、関西空港の出国審査でパスポートにスタンプを押して貰いました。
 
『やっと逃げられる』と彼はほっとしました。
 
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逃げても結局ホームレスな生活

 
搭乗したタイ航空は滑走路を飛び立ち、ゆっくりと高度を上げていきました。彼はようやく暴力団絡みの借金から逃げ出すことが出来たのです。彼は無事にバンコクへ到着し、新しい生活を始めました。
 
日本から持ってきた資金は、チケット代、ホテル代、諸々で減ってしまい、残金は30,000円ほどでした。30,000円ならカオサンに住んで、超節約生活なら1か月は優に暮らせます。
 
しかし、彼にそんな知恵があるはずがありません。バンコクに住む友人に迎えに来てもらい、彼の紹介でバンコクの家電修理店に世話になりました。国外逃亡は出来ましたが、数万円などあっという間になくなります。
 
修理店を経営するタイ人から「家賃も払わない屑だな」と言われ、追い出されてしまいました。日本人の知人とも連絡が取れなくなってしまい、頼れる人が誰もいなくなってしまいました。
 
金もない、頼れる人もいないとなれば、必然的にホームレスになります。コンクリートや道端で寝るのは厳しいので、夜はソンテウでしばらく寝泊まりしました。
 
ソンテウ
 
ソンテウは下記の画像のように乗り合いバスなので、社内の席は長細い造りになっています。寝るには十分なスペースです。水や食事は心優しいタイ人運転手に分けて貰って、飢えをしのいでいました。
 
ただ、寝る場所は何とか確保したものの、ソンテウの中は激暑です。夜は蚊に刺されるし、不審な人間もうろついているし、腰は痛くなるし、厳しい生活でした。
 
金が完全に無くなってしまったので、指輪、ブレスレット、ネックレスなどを質屋に入れました。合計で5,000円ほどです。次は臓器を売るしかないかと思っていました。
 
ソンテウ生活は長続きせず、知り合ったタイ人の家に泊めて貰うことになりました。しかし、夫婦には定職がなく、家に皿洗いや掃除などを手伝っていましたが、肩身が狭く居心地はよくありませんでした。
 
続く

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