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第三話 一時的に大金を手に入れても一瞬で困窮邦人になる

タイで困窮する日本人

バブル全盛期前に起業し、見事にバブルの波に乗った日本人は沢山います。一万円を500円ぐらいの感覚で使っていたと、当時バブルでぼろ儲けした人は話します。彼も御多分に漏れず、金銭感覚が完全に狂ってしまい湯水のようにお金を使いました。
 
バブルの時ってバブルが弾けるということを考えません。ずっとこのまま好景気が継続し、自分はとてつもない金額を生涯にわたって稼ぐことが出来ると勘違いします。
 
銀行は彼のような起業家や企業に不動産を担保にして、どんどん貸し出しました。1億で買った不動産が1か月で11,000万円で売れるのはザラにありましたから、銀行も不動産の評価以上にお金を貸します。アメリカのリーマンショックもまさに日本のバブルと同じで、不動産の評価が上がり続ける前提でした。
 
中国のバブルが弾けると言われていますが感覚的にはすでに弾けていて、表面に出てくるのがいつ頃かと言ったところでしょうか。
 
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どこの国も貧乏な外国人には出ていってほしい

 
ボロ儲け出来ていたビジネスがバブル崩壊によって、見事に木端微塵になりました。彼はバブル期に不動産を担保に大きな借り入れをしていましたので、すぐに銀行から鬼のように返済を迫られます。持っていた不動産、動産などの資産をすべて売却し、銀行にたっぷり溜まっていた利益もすべて抑えられてしまいました。
 
不動産業者として復活できる状態ではなくなってしまい、彼は事業をあきらめました。年齢はすでに50歳を超えていましたので、就職できるところはなかなかありません。何とか見つけたのが投資用のワンルームマンションを販売する営業でした。
 
もちろん固定給なしの歩合給で、きついノルマを果たされ、自分より年下の上司にどやされる毎日です。どやされ続けてもマンションが売れるはずもなく生活費も事欠くようになります。ついにはサラ金に手を出してしまいます。バブル崩壊後とは言え金利はまだまだ高く、借金が雪だるま式に増えていきます。
 
きつい取り立てが毎日続き、どうにもならなくなった時には高利貸しからの借金は400万円を超えていました。この借金地獄によって家族は離散してしまい、わずかなお金を持って友達が住むバンコクにやってきました。住まいは友人宅に間借りさせてもらい、仕事も友人の仕事を手伝わせてもらいました。
 
タイで困窮する日本人
 
バンコクにやってきて友達の仕事を手伝いますが、タイ語が不自由なことに加えて異国の地での生活に慣れません。ロングステイで生活するタイと、仕事で生活するタイは全く異なります。彼は友人とも気まずい状態になり、仕事を辞めて、友人宅も出てホームレス生活をしていました。
 
しばらくホームレスをしていましたが、日本の知り合いに頼み込んで、アパートを借りるお金と少しの生活費を送金して貰いました。1か月6,000円ほどのアパートに住んで、ギリギリの食費で数か月を乗り切りました。
 
その後に日系企業への就職がパートで決まり、何とか食いつないでいます。年齢は60歳を優に超え、国民年金数万円とパートの数万円で暮らしています。タイやフィリピン、東南アジアではこういった方々がかなりいて、貧困生活を送っています。
 
タイ政府はこのような困窮外国人に対して比較的寛容でしたが、数年前からジワジワと締め付けにかかっていました。ビザ関係も少しずつ規制が厳しくなり、タイに困窮邦人が暮らせない環境になりつつあります。ビザランによって多くの日本人が帰国するか、オーバーステイすると言われています。
 
タイで困窮してビザの更新が出来ない人はタイをあきらめ、フィリピンやミャンマーなどの激ユルな国に移住しなければならないかも知れません。富むものは果てしなく富、貧困者は果てしなく追いやられる厳しい時代です。

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